ギャンブル依存症

パチンコ・パチスロで数百万円稼いでいた人間がギャンブルを辞めた理由①

僕は大学生からパチンコ・パチスロをはじめ、当時は結構な金額を稼いでいました。

就職を機に一度辞めたのですが、暇な時間にフラッと行ってしまってから再度ちょくちょく行き始め、最近は仕事帰りにもパチンコ屋に通うようになっていました。

何故そこまで行っていたかというと、単純に「稼げる」から。

空調も効いた快適な場所で楽しく稼げるので、行かない理由はありませんでした。

 

しかし、最近になっていろいろ思うところがあり、パチンコ・パチスロをキッパリと辞めることにしました。

ある意味依存症だった僕が、どうして辞めるという決意に至ったのかを、今回はお話ししたいと思います。

かずきち
ギャンブルに関する経緯を全て書いたら、非常に長くなってしまったので、記事を2つに分けています。結論のみを知りたい方は後半の記事をご覧ください。

(後半はこちら)

初めてのギャンブル

僕は父親がパチンコ好きで、子どもの時に父の膝の上でパチンコ台を見つめていた記憶が今でもあります。

そんな僕がパチンコに興味を持つのは必然でした。

そして初めてパチンコ屋に入ったのは高校1年生の時

悪友に連れられ、年齢がバレないようにサングラスをして入ったのを覚えています

(当時から現在まで、18歳未満は入場できないことになっていますので、良い子は真似しないでね)

 

その時は友達に言われるまま、よくわからないままパチスロを打ったのですが、3万円弱使って、使った額と同程度戻ってきました。

(その時打ったのは、4号機のジャイアントパルサー。現在もある山佐の人気シリーズです。)

画像引用:p-world.co.jp

 

バイトしていた(それも高校的には禁止されていましたが・・・(笑))こともあり、金銭的には割と余裕があったのですが、バイトで稼いだ金額一月分がものの数時間で入ったり出たりするのが恐ろしくなり、その後はしばらくパチンコ屋に行くことはありませんでした。

大学生時代① 勝てない暗黒期

僕が次にパチンコ屋に入ったのは大学生の時でした

バイトの量も増えさらに金銭的な余裕ができたことと、暇な時間が多いことから、近くのパチンコ屋に通うようになっていました。

この時打っていたのはほぼパチンコで、パチスロはやっていませんでした。

(北斗の拳4をよく打っていましたね。)

画像引用:p-world.co.jp

 

しかし、この時期は全く勝てませんでした

というか、負けまくっていました。

50万円近くあった預金残高が2万円になったこともありました

理論等一切気にせず、とにかく好きな台を運任せで打つだけの毎日だったので負けるのは必然だったのですが、やっぱり「今日は勝てるかもしれない!」という期待と、「これだけ負けているのにこのまま引き下がるのは悔しい!」という思いから行ってしまっていたんですよね。

ということで、お金が入れば行く、無くなったら辞める(というか行けない)、というのを繰り返していました。

大学生時代② 勝てるようになった転機

そして大学3年生の時、転機が訪れます

A K B 48が出演する、銭形平次という台が出たのです。

画像引用:p-world.co.jp

 

200分の1と初当たりがかなり軽めなのに反して、かなりの爆発力を有しており、当時とても甘い!と言われる機種でした。

A K B 48もまだそこまで有名ではなく、僕はこの「甘い」という言葉のみを鵜呑みにして打っていたのですが、ある日、隣のプロっぽい方が当たっている時に特殊な打ち方をしていたのです。

そして、本来玉が増えるはずがない区間で、玉が増え続けていたのです

適当に打っていた養分(店が潤う要素=養分になっていることから、負けている人のことをこの業界ではこう呼びます(笑))の僕は、これにとても衝撃を受けました。

それは犯罪行為とかではなく、「捻り打ち」という練習すれば身に付けられる技でした。

ネットでこの技のことを知った僕は、必死で練習し、そしてその時にパチンコで勝つためには何が必要か、期待値とは何か、ということも同時に学びました。

そして銭形平次を打ち続けることで収支は驚くほど改善し、勝てるようになりました

(上記の技を使った場合、1日打つと大体2〜3万円勝てる計算(期待値)でした)

大学生時代③ 常勝独占時代

そして期待値を覚えてからは、パチスロにも手を出すようになりました。

パチスロは基本的に6段階の「設定」というものがあり、例えば設定1なら1日打つと大体2万円ぐらい負ける、設定6なら大体5万円ぐらい勝てる、など設定によって期待値が決まっています。

(当たり前ですが、あくまで期待値なので、短いスパンではブレることもあり、例えば設定1で20万円勝つこともあれば、設定6で10万円負けることもあります)

つまり長い目で見れば設定1ばかり打っていれば必ず負けるし、設定6ばかり打っていれば必ず勝てるということです。

パチスロを打つ人はこの設定6を求めてパチンコ屋に行くわけですね。

ちなみに設定は外から見れないので、プレイヤーはあくまで「推測」で戦うことになります。(設定6で出やすい挙動、などがありそれを基に判別していくことになります)

 

さて、銭形平次で勝てるようになっていた僕ですが、銭形平次の旬も過ぎ、そして捻り打ち禁止などの店が出てきたことで少し手詰まり感が出ていました。パチスロにも手をだしていたものの、そこまで結果はついてきていませんでした。

そんな大学4年生の春頃、Twitterで面白いツイートを見つけました。

〜に設定6を投入!

あるパチンコ屋の店長らしき人が、投稿しているものでした。

(当時(現在もですが)はイベントが禁止になっており、このようにいたずらに射幸心を煽るようなことは禁止されていました。

しかしS N Sもまだそこまで発達していたわけではなく、信憑性も怪しいため、取り締まられることはなかったようです。)

調べてみると、割と家から近い店舗であることがわかったため、一度行ってみることにしました。

 

その店に行ってみたところ、店内はガラガラでした

そこまで大きい店なわけではなかったのですが、人が全然いなくて、やっぱりガセかな?と思いましたが、せっかく来たのだから少し打って帰ろうと思い、台を探し始めました。

そこで、違和感を感じました。

ある機種にだけ椅子に特殊なシート(ゼブラ柄)が被せてあったのです

そして店長のTwitterをチェックしたところ、その機種を推していました。

とりあえずその機種から打ち始めました。

結果から言うと、大当たり

間違いなく設定6でした。

そして次の日、違う機種に例のシートが被せてあり、その日もその機種からスタート。

同機種内で渡り歩きましたが、最終的には設定6を打つことができました。

つまり、ツイートは本当だったのです。

これに気付いている人は、本当にごくわずかでした。

そういう環境のため、僕はほぼ独占状態で設定6を探すことができ、設定6の場合、期待日当が5万〜10万くらいになりましたので、収支もさらに向上しました

結局、大学に行きながらだったのに、毎月20万〜50万円ほどの収支をあげていました

そして卒業までこの生活を続けました。

 

今思うと、店のおかげなのに、この時は完全にプロ気取りでしたね(笑)

情報化がさらに進んだ今、もはやこんな天国のような状況の店は存在しないと思いますので、非常にラッキーでしたね。

そして就職へ・・・

そんなパチプロもどきの僕も、就職を迎えます。

就職してからもパチスロと向き合っていくのですが、ここからも紆余曲折・・・

そしてそんな僕がギャンブルを辞めるに至った理由とは?

後半に続きます。

 

(後半はこちら)

(期待値についての考え方はこちら)

  • この記事を書いた人
かずきち

かずきち

太っちょだった中学生時代に同級生からバカにされたことで、ダイエットを決意。 高校生の時だけで15キロほどのダイエットに成功するが、社会人になりリバウンド気味なことと、筋肉系youtuber達への憧れから、現在肉体改造中。

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