思考法

今日の常識は明日の非常識?常識を疑って、自分の考えで動こう

「常識だろ?!」

この言葉、僕、すっごい嫌いなんですよね(唐突←)。

まあ、こういうこと言う人ほど彼らの言う常識がなかったりするんですけどね(笑)

 

常識だと思っていること、本当に普遍の常識なのか、一度考えてみませんか?

常識を疑って、自分の考えで行動しよう!

常識とは

常識(じょうしき)は、社会を構成する者が有していて当たり前のものとなっている、社会的な価値観、知識、判断力のこと。また、客観的に見て当たり前と思われる行為、その他物事のこと。対義語は非常識(ひじょうしき)。社会に適した常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。これは文化摩擦などとして表面化することもある。(Wikipediaより引用)

要約すると、ある社会において、「当たり前のこと」を指す言葉となります。

逆に言えば、常識は属する社会ごとに異なる、ということが言えます。

常識は時代によっても異なる

常識は時代によっても異なります。

「人を殺してはいけない」

これって、現代だと大多数の人が反論しない、いわゆる常識ですよね?

でも、例えば戦国時代とか、戦争で領土を争っていた時代などを考えてみてください。

人をたくさん殺した武将などの方が、英雄扱いされていませんか?

これは明らかに、その時代と現代の常識が異なることを示しています。

普遍の常識なんて存在しない

なので、自分が常識だと思っていることは、社会もしくは時代が異なれば、何の役にも立ちません。

日本で常識なことも、アメリカでは常識ではない。

逆もまた然りです。

日本国内だって、地域によって常識は異なります。

何が言いたいかと言うと、自分が常識だと思っていることが、当然相手にとっても常識であると思わないで欲しいということです。

もっと端的に言えば、常識を押し付けるのはやめましょう、ということです。

例えば同じ会社に勤めていたって、生まれや年が違えば常識は異なります。

結婚したからといって、家族間で常識は違います。

お姑さん方は、「お嫁にきたあの子は常識がない」なんて絶対に言ってはいけないのです。

あなたの思う常識と、彼女の思う常識は違うのですから。

根拠のある常識

一言で「常識」と言っても、根拠のある常識もあります。

先に例を出した「人を殺してはいけない」は、なぜいけないのか?

理由は簡単、法律(刑法)で禁止されているからです。

刑法第199

人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

同じように、不倫はなぜいけないのか?と言うと、同じく法律(民法)で規定されているからです。

民法770

  1. 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。

一 配偶者に不貞な行為があったとき。

 

民法第709

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

※民法第770条にある「不貞な行為」がいわゆる不倫です。

また、不倫は民法第709条も適用対象とされています。

 

でもそれは、たまたまこの時代、このコミュニティ(日本という国)でそのような法律があるからしてはいけないことになっているのです。

決して、「人を殺すことは人権侵害の際たる行為で、他者の人権を尊重するのは常識だから」という理由ではありません。

常識だからその思考に従え、という方がよっぽど人権侵害(思想の自由の侵害)です。

 

特に芸能人の不倫騒動などを見てると、こういうのを実感します。

最近、芸能人など有名人が不倫したら、相手に謝るというよりは、世間に謝るのが当然(常識)、という風潮がありますよね。

上でも述べましたが、なぜ不倫がダメかというと、民法で禁止されているからです。

で、民法というのはあくまで私人間の争いを防ぐために存在する法律なんですよ。

つまり、不倫をしたとしてもそれを責めることができるのは、配偶者(もしくは子供など)のみで、世間様は一切関係ないんですよ。

こんな誰も幸せにならないようなニュースをマスコミが報道することで、その人は常識という不確かなものによって社会的に抹殺されます。

そこまですることなのか、というか、それをする権利は本来ないはずなんですよね、物理的な殺人と何ら変わらないと思うし(人によってはもっと辛いかもしれません)。

でも、こうやって社会的に殺人をすることは、法律で禁止されていないんですよ、だからこういうことが起こるし、マスコミは面白おかしく報道するんですよね。

常識を疑おう!

ということで、明文化されている法律や条例、各種の規則などや、契約書に書いてある事項など、明確に表示された約束事はそのコミュニティにいる限りは守りましょう。

(慣習も、慣習法と言って法になり得ますが、最近では明文化されたものの方がはるかに裁判等でも強いので、あまり意識しすぎなくても良いと思います)

住む国を変えるなど、ある程度ならそのコミュニティを抜け出す自由も皆さんにはありますから。

 

ただ、根拠もなく常識と言われていることは疑って疑って行動しましょう。

もちろん、全ての常識が間違っているわけではありません。

しかし、5年後、10年後に、それは常識でなくなっている可能性は十分にあります。

起業して成功している人などは、今の常識を安易に自分の中の常識とせず、新たな価値観で行動しているからこそ成功しているのだと僕は思います。

実際、30年前の人で、ここまで世界がI T化していることを予測できた人が何人いるでしょうか。

当時は電話は固定されているのが当たり前(常識)だったのに、肝心の電話はほとんど使わず、画面をタッチして操作できる携帯電話を世界のほとんどの人が持ち歩いてることが当たり前(常識)になっています。

今日常識だったことも、明日は常識ではないかもしれないのです。

常識を疑って、自分の考えで行動しよう!まとめ

常識についてまとめると以下のとおりとなります。

  • 常識はその社会・時代によって異なるため、普遍の常識などない
  • 自分の常識は、相手の常識ではない
  • 根拠のある常識(例規など)には従おう
  • 現在の常識を疑って、自分なりの考えを持って行動しよう
  • マスゴミはひどい←

常識を疑え、とは言っても、固定観念を持つな、と言っているわけではありません。

むしろ自分なりの思想や信条を持つことは非常に重要です。

例えば、「両親を大事にする」などは、昔から大事にされている考え方で、その考え方を信条として持つことは非常に美しく素晴らしいことだと思います。

ただ、逆の考え方を持っている人がいても、それを非難したり、自分の考え方を押し付けることはやめましょうということです。

みんながそれぞれの考え方を尊重できる、そんな世界が来ると良いなぁ・・・

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